新鮮なほやを食べたことありますか?

    ほやのさわやかな磯の香を味わったことはありますか?

    新鮮なほやは、さわやかな磯の香りとほのかな苦みが特徴です。つまりほやは甘味、酸味、苦味、塩味、旨味の五つの味がする、とてもめずらしい食材なのです。

    わたしは、そんなほやの味に魅せられ、ほやに生涯を捧げるつもりです。しかし、やはりその見た目や独特の風味が苦手だという方が多いのも事実です。
 

このような抵抗をできるだけなくせるよう、見た目にも、味にも工夫して加工に取り組んでいます。実際、多くの方に「ほやを見直した」や「ほやを好きになった」という声を頂いており、大変うれしく思っていますます。


 



 
震災を受け、今は三陸のほやを使った加工品をみなさんにお届けすることはできませんが、赤ほやを提供して下さる、根室の水産加工会社さんのご協力もあり、現在は赤ほやで商品をお届けすることができております。

   

    赤ほやでさらに工夫を重ねて、より親しみやすい料理の開発を目指しながら、三陸のほやの復興作業にも関わってゆきます。

   

    これからもより多くの方にほやを食べてもらうために、ほやの「新しい」をつくっていき、その魅力を伝えることに尽力をつくそうと思っております。







 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
 
   
   
 
宮城にはおいしい食材がたくさんあると感じており、実際に歩いてたべてみようと思い、決行。その中でも海産物は素晴らしく、県内各地で無造作に売られていた。
三陸の美味しい物をたくさんの人に味わってほしいと考え、会社を立ち上げる。
長野の親しい方からほやには可能性があると紹介され、「これを武器にしよう…!」と思う。
加工品をメインに食べ歩き、味やパッケージの点に注目して、自分が挑戦できると感じる。帰ってすぐ、宮城水産加工研究所で研究、商品開発をする。
なかなか売れない時期を経験していたので、少しでも売れたときは無上の喜びを感じる。
べん毛虫によりほやの内皮が食べられてしまい、その海域が広がってきていた。
 
普通は他の人を工場に入れることを嫌うのに、同じ宮城県民同士「お互いに大変だね」と、加工、商品開発で工場、機材を貸してくれることを許してもらい、とてもうれしかった。

     
北海道各地から取り寄せてみたが、一番しっかりした商品を送ってくれたところに足を運び、取引出来た。





震災でそれまでの加工場が流されてしまい、途方に暮れていました。そんな時に水産加工業「海祥」の社長さんに出会い、事情を話したところ二つ返事で全面協力を約束してくださいました。

  また、県内の二つの会社さんには、高速道路のサービスエリアで販売する商品を特別条件で卸してもらっています。震災の影響でなかなか売れない状況だったため、そのおかげで、その時期に辞めずに何とかビジネスを継続することができています。

  震災を経験したからこそ、多くのご縁に恵まれました。この絆に感謝し、ご恩を返していこうと思っています。

ほやの「新しい」を追求




なにより、ほやが好きだから。

三陸オーシャンを立ち上げてから今まで、沈むことの方が多かった。しかし、実際に食べてくれた方が、「おいしい」や「ほや好きになった」と言われたとき、湧き上がる喜びを感じた。このような声を聞くと、まだまだがんばろう、と思い、立ち上がることができた。それは何より、私自身がほやが好きで、ほやの殻むき作業をしたり、ほやのレシピを考えたりすることが好きだからです。



 


   

   

 
   
ほやを広めること、偏見をなくすこと。

 
目標は2つあります。ひとつは、ほやを広めること。もう一つはほやに対する偏見をなくすこと、です。ほやを広めたいという思いは震災で三陸漁業が打撃を受け、ほやの養殖棚がすべて流されてしまったことでより一層強くなりました。ほやは見た目のこともあり、偏見を持っている方が多いので、それを加工によってなくしたいと思っています。
また、5年後にはおやじではなく、「ほやじぃ」になっていると思いますが、そのころまでにはほやの専門店をつくりたいと思っています。








 
養殖開始へ向けて―。
震災で養殖棚も沖に出るための船もすべて流されてしまったため、まだ養殖は始まっていないのが現状です。そのため、今はその準備段階として、カキ殻を浜で拾う作業をしています。12月には天然のほやの種が流された(放卵した)ため、船で沖へ出られるようになれば、そのカキ殻を一つのロープに70〜80個付けた採苗器を海に入れ、養殖を始めることができます。養殖を始めて、3〜4年経つと、薬玉のようにほやがロープに出来上がります。




 
苦みが少なく、くすみのない三陸のほや
三陸のほやは苦みも少なく、色のくすみもないので、北海道、陸奥のほやよりおいしい。特に、前綱浜のほやは生産量も出荷量もNO.1。そのおいしさは、ここの養殖場をスタートに羅臼や陸奥湾の人たちが視察を始めるなど、漁業関係者が認めるところです。このように、三陸のほやと言っても各浜によって、大きさも味も触感も違います。それは、近くの山から流れてくる川水の栄養分の量に違いがあるからで、その真水はプランクトンとなり、それをほやが吸収して大きくなります。



 
復興活動を経て、

      宮城の「一番船」船長に―
5〜10月は電気屋でアルバイトし、その後は前網浜でがれきの撤去作業など復興のための活動を先導して行ってきました。その合間に漁業組合や市役所に行き船の作成の話を進め、補助金を出してもらうことで新しい船を北海道で作れるまでこぎつけることができました。 ボランティアの方より無償で船をもらった漁師さんは多くいらっしゃいますが、自負担をして、船を購入したのは初めてとなっています。震災後宮城の「一番船」なのです。




 
「赤ほやとともに。」
復活にかける想い。―
三陸、前網のほやを復活させて、ほやをたくさんの人に食べてもらいたい。それにもちろん、三陸の私たちも、地元のまぼやが食べたい。再来年(2014年)の2月ごろにはまぼやが食べられるぐらいまでに成長し、生食としては提供されるようになります。そして、3年後の9月以降に、加工用に回せるぐらいにまぼやがたくさん獲れるようになると思いますね。

ただ、2年後出荷できるようになっても、原発の事故による風評被害、今北海道や陸奥湾(青森)の赤ほやの需要増加があるので、出荷先が確保できるか心配な点もあります。

しかし、安全を証明して、まぼやの出荷先を確保すれば、ほやの市場拡大することになるので、赤ほやとともに頑張っていきたいです。また、今年の3〜4月ごろには透明な幼生が赤っぽくなり、しばらくすれば肉眼でも確認できるほどになります。三陸のほやは震災を乗り越えて着々と成長しています。

まだまだ道のりは長く、心配な点も多いですが、辛抱強く待ち、将来は毎年同じ量の安定した出荷ができるようになりたいと思っています。




 

   

     

それでも、今年の3〜4月ごろには透明な幼生が赤っぽくなり、しばらくすれば肉眼でも確認できるほどになります。三陸のほやは震災を乗り越えて着々と成長しているのです。


     

まだまだ道のりは長く、心配な点も多いですが、辛抱強く待ち、将来は毎年同じ量の安定した出荷ができるようになりたいと思っています。


   

 



 

   
あいにくの天気だったけれども…。貴重なお話を聞かせていただきました!
      ありがとうございます!

     
鈴木さん、ほやおやじ木村さんとチームほやっぴー。石巻前綱浜より。